私の故郷の夏’10-九死に一生と大洲の鵜飼

2010年の夏もお盆を挟む2週間を故郷の伊予大洲で過ごした。

千客万来で忙しい夏休みだった。 まず、京都の甥(Miちゃん)が母の墓参りを兼ねて一泊で8/14に来てくれた。母の晩年に一緒に旅行してくれたりして母のお気に入りの甥だったからさぞかし喜んでいるだろう。 

8/16からは元々大洲出身で大阪に住んでいる親戚のHiちゃん一家が孫も入れ総勢7人で大挙してやってきた。 さすがに賑やか、こちらも一泊だけ(人数が多く実家には泊めれずホテル泊)だったが、まさに夏場の台風一過(一家)だった。

「九死に一生」の讃岐うどんドライブ

8/15からは私の娘夫婦が仕事の合間を縫って、大洲に来てくれた。 娘は福岡に仕事で行く途中に3日間の休暇を取り、婿さんはそれに合わせて東京から1日遅れで飛んできてくれた。

婚約中に来てくれたときから2度目の訪問だ。 彼は東京生まれの東京育ちで、田舎の雰囲気が気に入ったようだった。

「九死に一生もの」:この婿殿は“花より団子”タイプで、3年前に初めて四国に来た時に讃岐うどんが美味しかったとのことで、今回も大洲から高松へ讃岐うどん名店巡りをするとのことで、私の車で夫婦で日帰りで高松へ行った。

しかし帰りに松山自動車道で、あわや死神に捕まりそうな高速でのタイヤのパンク事故に見舞われた。 

いきなりプシュー、バンバンガタガタとなったが、幸いにも300mほど先にPA(パーキングエリア)があり、追突もされずにPAに何とか入れてJAFを呼び、JAFが来る前に自分でスペアタイヤと交換して戻ってきた。
彼らが帰ってきた時に、これがパンクの原因ですと見せられた鉄くず(写真:約3cm)にビックリ!

後からみたタイヤの亀裂傷(写真)の大きさに恐怖を感じた。 これは大惨事になりかねなかったとゾッとした。 本当に運が良かった。 
天国にいる母が娘夫婦を護ってくれたのかもしれないと思った。

 

鵜飼をかぶりつきで堪能!

大げさだが、無事に生還した娘夫婦とその夜は大洲名物の鵜飼船の乗船時刻に何とか間に合い、鵜飼見物を楽しんだ。 私にとっても38年振りの鵜飼見物だ。 

この日は鵜飼見物船は2隻だけとお客が少なく、最初から終わりまで正に「かぶりつき」状態で鵜匠船の真近で鵜匠の妙技をたっぷりと観ることができ、お客は皆、大満足だった。

 

 

「大洲の鵜飼はもっと上手に宣伝すべき!」
もっともっと観光客が増えてもいいはずだ。大洲の肱川の鵜飼は日本三大鵜飼の1つだとの話を恥ずかしながら初めて知った。

船頭さんや私の姉の話では、有名な長良川の鵜飼は、鵜飼見物船が多くて遠くから、しかも順繰りと短い時間しか見られないようだ、その点、大洲の鵜飼は、手を出せば鵜に噛まれそうな近くでしかも長い時間を掛けて見せてくれるので、専門家も絶賛しており鵜飼見物の質は一番良いとのことだ。
 
何せ融通が利くから船頭さんと仲良くなれば張り切って何度も無理を聞いて良いシャッターチャンスを作ってくれるのも大洲らしい。 女性の鵜匠が居るのも大洲だけとか。 この日は残念ながらベテランの男の鵜匠だった。

 


大洲市は幾つもの素晴らしい観光資源に恵まれているのに、もっと巧く宣伝し観光客を増やす創意工夫が足りないのではないだろうか。

中国人の観光客で息を吹き返した地方の観光地も多いという。それこそ、中国・韓国・台湾などアジア人の観光客は鵜飼見物+温泉に大喜びするだろうに。 
もっと低料金にしてまずは海外も含めた客数を増やし、良い評判や口こみを広げることが必要だろう。

そんなこんなで、私自身もこの歳になり改めて故郷の魅力を再発見した夏でした。
相変わらず旧市街はシャッターを閉めたお店が多く、不況感が漂っているが、我が実家が千客万来だったことは、皆が単に墓参りだけではない、大洲の田舎の持つ魅力や懐かしい人とのつながりを感じて来てくれている証であり、故郷活性化の大きなヒントを与えてくれているのではないだろうか。

“伊予の小京都” 大洲市公式ホームページ

・伊予の小京都 ぶらり探訪

いよ観光ネット 

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