「ヨーロッパ退屈日記」と「伊丹十三記念館」

青春時代の思い出の本「ヨーロッパ退屈日記」

令和元年の夏もお墓参りとお盆行事を兼ねて故郷の愛媛・大洲に帰省しました。

その折に前から一度行ってみたかった松山市にある「伊丹十三記念館」に行ってみました。

というのは私の若かりし大学1年の時に大学近くの下宿に高校同期のO君が1冊の本を持って訪ねてきて「この本は面白いから読んでみたら?」と持ってきてくれたのが、伊丹十三さんの「ヨーロッパ退屈日記」でした。

数ページ読み進むうちに、わあ~、こんな世界があるのか?とこの本に引き込まれました。
洒落ていてキザで格好よい。人を食っているようだけれど本格派で面白い。あちこちにヨーロッパの香りがぷんぷん。
当時(1960年代後半)は海外旅行はまだまだ高嶺の花の時代です。中学生の頃からアマチュア無線に凝って海外の人と交信したりして外国に憧れを持っていた私には外国の生活文化を感じるこの「ヨーロッパ退屈日記」は青春時代の思い出の本です。

「伊丹十三記念館」

8/18(日)の午後に訪れました。松山市東石井1丁目にあり松山の繁華街の大街道からバスで15分くらいで着きます。

伊丹十三記念館入口

伊丹十三記念館正面

入口アプローチ先左の車庫には英国車の「ベントレー」が鎮座していました。

伊丹十三記念館ベントレーの展示

建物の上の数字「8」は展示番号です。
展示番号8は「乗り物マニア」の展示コーナーで入館時にいただいたパンフレットには「乗り物マニアの伊丹十三が最後にたどり着いた自動車の最高峰、英国車ベントレー」と説明されています。

入館すると受け付けの方にパンフレットを渡され簡単な説明を受けます。常設展示コーナーと企画展示コーナーがあります。
館内には展示番号「1」~「13」までの番号が付けられており、パンフレットと対比して観ることができます。お気づきかもしれませんが「13」のコーナー数は伊丹「十三」にちなんでいます。

展示コーナーに入ると、伊丹さんが「やあー、いらっしゃい」と迎えてくれます。

伊丹十三の出迎え

常設展示コーナーに子供の頃の資料が展示されていました。
その内の1つ、小学3年の時の玉葱の観察日記です。

伊丹十三の小学2年の観察日記

小さい頃から絵が得意で観察眼にも優れていたことが分かります。小学3年にして観察文も漢字まじりで難しい「玉葱」もキチンと漢字で書いている「こだわり」ようです。落款印のようなものまで付けています。

広くはない館内がかえって親しみやすく展示物を真近でじっくり見ることができます。手回し式ローラーで布に印刷した伊丹十三のイラスト集をくるくる回しながら見れて、あっこのイラストも本にあったあったと楽しめます。
別の展示コーナーでは手元にスライド式引出しが3段あり、引き出して色々な直筆の脚本や資料をごく近くで見れる工夫もされています。

展示コーナーの最後にお父さんの映画監督だった伊丹万作さんのコーナーがありました。伊丹十三さんはやはり父・伊丹万作の影響を強く受けていたのだなと感じます。

一通り1時間半ほど展示を楽しんだ後に、静かな中庭を眺めながら、喫茶店でコーヒーをゆっくり味わいました。
伊丹十三が好きな方にはお勧めの場所です。

伊丹十三記念館の中庭

この日は来館者は5~6組でしたが、来館者は私のような若い頃に伊丹十三さんの著作に感化された年配の男性が多いのではと思っていましたが、
あにはからんや、1人で来ていた若い女性の方が展示コーナーを何度も行ったり来たりして熱心に観ていたり、若い夫婦づれと思しき方など意外に若い人が目立ちました。

実家に帰ってから、伊丹十三記念館ホームページの「みなさまの声 ―→ こんなご感想をいただきました」のコーナーを見てみると、確かに年配者に限らず若い世代のレビューも多かった。意外に女性のファンも多いですね。伊丹さん、ニヤリですね!

伊丹十三さんのその後の著作の「女たちよ!」以降も何冊か読み、映画「お葬式」なども観ましたが、
青春時代に読んだ印象が強かったのか、私にはやはり伊丹十三の処女作エッセイの「ヨーロッパ退屈日記」がピカイチです。

思い出しました、「ヨーロッパ退屈日記」をO君に借りたままでその後、彼が松山を離れたこともあり疎遠になり戻していない。
申し訳ない、いつか会う機会があれば倍々返しします。

(参考)
伊丹十三記念館ホームページ

伊丹十三(By Wikipedia)

伊丹万作(By Wikipedia)

 

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