「坂の上の雲」に想う。

「坂の上の雲」に想う。

もう40年以上も前の私の若かりし頃に、司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」を読んだ。


主人公の3人(秋山兄弟、正岡子規)が伊予(愛媛県)の松山出身だったこともあり、私も松山で大学に通い秋山兄弟の生家の近くに下宿していたことから、同郷の主人公の活躍が面白く、7巻だったかの文庫本を一気に読み通した記憶があります。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
クチコミを見る

また、2011年の暮れに3年越しのNHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」が「完」となったがこのスペシャルドラマも欠かさず視た。

古希を過ぎたこの歳になって、改めて明治時代の若者が、皆んな貧しい環境から、いかに「身を立てる(立身出世)」かを人生の大目標とし、必死に勉学に励み、文字通り命を懸けて、あるいは日本という国を背負って、懸命に生きたかが伝わってきます。

思い出すのは私の祖父の二の腕にあった銃弾の貫通傷。 祖父は日露戦争に出兵したのだろうが、戦争のことを一言も喋らなかった。 喋らなかったことが戦争の悲惨さを暗示しているのだろう。

それに引き換え、私達、団塊の世代は太平洋戦争後に生まれ、戦争のない平和な時代に生きられて幸せだった。 けれども、私の青春時代には「身を立てる」という必死さはまるでなかった。


ましてや、おっとりしていると言われた私には人生の大目標というほどのものは何もなかった。 恥ずかしながら定年退職したころの歳になってやっと世界が見えてきたような気もする。
自分の人生はもっと必死な違う生き方があったかもしれないとも思う。

アマチュア無線に熱中していた私は、大学の電気工学科に進み一人前のエンジニアになれば食べていけるだろう程度の将来展望しか持っていなかった。

今から考えると直ぐに手が届くほどの容易い目標だった。 事実、そのとおりの道を進み、東京で大手IT企業に就職し、それなりの努力もし苦労もしやりがいもあった。
そこそこの給料で大した不満もなく、結婚し家族を養い、無事定年退職した平々凡々の人生だった。 

それぞれの時代環境のなせることだから、単純な比較はできないが、明治・大正・昭和に生きた祖父達の明治生まれの若者と昭和・平成に生き、さらに令和に生きる私とは、どちらが面白く意味のある人生だろう。

はっきりしていることは、明治以降の先人達が戦争の時代を必死の生き方をし、日本の歴史を積み重ねてくれたお陰で今の日本があること。(軍部の独走で太平洋戦争に突き進んだ失敗があるにしても。)
その手渡された現在の日本があるから今生きていること。

もし銃弾が祖父の二の腕ではなく、致命傷となっていたら、私の母も今の私も生まれていないし、私の子供達や孫達も存在していない。 

人間はその時代背景に縛られて生きる宿命だけれど、命のつながり・連鎖は不思議で危うい連鎖だからこそ、面白く貴重に思えます。
孫にも危うい連鎖で自分の命がつながっていると思うとうるさいけれど可愛いわけです。 

今、世界は再び不安定な時代となり、米中の覇権争い、経済戦争が起きています。経済不安から起きた第一次世界大戦前の状況に似てきているとの報道も聞きます


孫たちが生きる時代の日本はやはり戦争に巻き込まれない平和な日本であって欲しい。 戦争に命を懸ける必死さより、平々凡々人生の中の必死さの方がよいに決まっています。

赤紙(召集令状)が再び来るような日本にならないように、米国のトランプ大統領のような危ない政治家が日本にも現われないように、日本を誤らせないように政治をよくウオッチし選挙で意思表示をしていく必要があります。

 

Follow me!